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イベント

赤崎まつり

期間:2017年9月9日(土)・10日(日)

主催:正明市連合会

国指定重要有形民俗文化財「赤崎楽桟敷」で行われる、安土桃山時代より継承される赤崎神社大祭奉納神事式

山口県長門市深川 赤崎楽桟敷(国指定重要有形民俗文化財)周辺で開催される「赤崎まつり」の奉納神事は、戦国時代末期の慶長元年(1596)ごろ、この付近一帯に牛馬の疫病が流行したため、村人が農業の守護神をまつる赤崎神社に平癒祈願をしたところ、その願いがかなったので、立願成就の神恩に感謝し、楽踊りなどの芸能を奉納したのが始まりと伝えられています。現在は、毎年9月10日に「湯本南条踊り」「楽踊り」が奉納されます。今年(2017年)で421年目になる伝統的なお祭りです。

基本情報

会場 赤崎神社 周辺
所在地 〒 759-4101 山口県長門市東深川江良
アクセス JR山陰本線「長門市駅」から徒歩で15分
・中国自動車道「美祢IC」より車で約35分

お問い合わせ

  • 正明市連合会
  • TEL : 090-8715-7724(藤野)

マップ

開催内容

2017年9月9日(土) 前夜祭 14:00~20:00

赤崎祭音楽祭2017  ※小雨決行
[場所]赤崎山グランド特設舞台 ※アンデス音楽演奏のみ 楽桟敷

16:30〜17:20 アンデス音楽演奏1.グルーポ長門2.アルパマユ3.YO SHI KI-CHA
17:30~17:50 深川中学校 ブラスバンド演奏
18:30~18:55 重村りょうじ ミニライブ
19:00~19:25 「楽々団」ライブ
19:30~20:00 ヒップホップ

その他イベント ※雨天決行

14:00~ 果物販売(なし・ぶどう・バナナ・みかん他)やきとり、ビール、ながとりめん販売
くじ引きうちわ販売
●100円/本
●景品:32型液晶テレビ・3DSLLゲーム機・デジタルカメラ・旅行券など
●18:00~抽選(当たり200本)
●景品交換は20:00まで
16:00~ 魚のつかみどり
※ケガ防止のため運動靴・手袋を持参してください
●16:30~《第1回》幼児・小学1年~3年生(入場料400円)●17:00~《第2回》小学4年~6年生(入場料600円)
●17:30~《第3回》
中学1年~3年生(入場料800円)
高校生~一般(入場料1200円)
18:00~ くじ付きうちわ 抽選会
20:30~ 音楽祭終了後 餅まき
[場所]赤崎山グランド

2017年9月10日(日) 赤崎神社大祭奉納神事式 13:00~15:30

※雨天時:深川小学校体育館

13:00 本殿祭
[場所]赤崎神社
13:30 式三番叟奉納 正明市連合会
[場所]赤崎山グランド特設舞台
14:00 楽踊り 虎の子渡し 上の原楽踊保存会
[場所]赤崎神社楽桟敷
14:30 湯本南条踊り 湯本南条踊保存会
[場所]赤崎神社楽桟敷
15:10 楽踊り 月の前の伶楽 藤中楽踊保存会
[場所]赤崎神社楽桟敷

 駐車場

2017年9月9日(土)
20170909-10_赤崎まつり

2017年9月9日(土)
20170909-10_赤崎まつり
20170909-10_赤崎まつり

赤崎神社楽桟敷

20160910_赤崎まつり

20160910_赤崎まつり

国指定重要有形民俗文化財。 江戸時代中期ごろから奉納芸能の野外観覧席として構築され、すり鉢状の自然の地形を利用して石垣を積み上げ、階段状の馬蹄型観覧席として形をととのえたものです。楽踊りを奉納する場として楽桟敷(がくさじき)という名が生まれました。
音響効果もスタンド最高の12段まで音声が明確に聞き取れることなど、劇場建築史上、民俗学上、国内稀有のものであり、高く評価されています。

楽踊り

もともとは田植え神事の田楽踊りに念仏踊りの形が加わったものと言われています。
当初は全5種類の楽踊りが奉納されていましたが、現在伝わるのは「月の前の伶楽」と「虎の子渡し」の2種のみ伝承されています。
最初は静かに始まり、少しずつ激しさを増し、太鼓と童子が打つカネの音が響き渡ります。

20160910_赤崎まつり

月の前の伶楽

「月の前の伶楽」は月に住むうさぎが、、最初はゆったりと踊り始めますが、次第に月が昇っていくのと同調して、うさぎの踊りも激しくなり、月が真上に上がるころには最高潮に達します。そこから、また月が沈んでいくと同時に、うさぎの踊りもゆったりと戻っていく…そんな様子を表現しています。

20160910_赤崎まつり

虎の子渡し

踊りのみの伝承で、現在は踊りの意味合いは伝承されていません。

 湯本南条踊り

20160910_赤崎まつり

20160910_赤崎まつり

戦国時代、毛利元就の次男「吉川元春」に属していたはずの、羽衣石(うえし)城(鳥取県)の南条元続が、織田信長の中国征伐に際し、敵方の信長に内通している事が発覚しました。
それを知った吉川元春は、天正7(1579)年、羽衣石城を攻めようとしました。
ところが、吉川元春が軍を進めると、南条元続は和議を申し入れてきました。
しかし、いつ裏切るかわからない南城元続…。
ところが、吉川元春は和議を結ぶことを受け入れ、講和のしるしに踊り好きな南条氏のために、踊りを見せましょうと提案し、羽衣石城に入城します。
そして、総勢100名余りの踊り子が踊り終わったその時、一斉に踊り子たちが南条氏側に襲い掛かり、落城させました。
なんと、吉川元春は兵士達を踊り子に紛争させていたのです。その時に踊られた踊りこそ「南条踊り」だったと言われています。
それが吉川氏の故郷安芸に伝わり、後に吉川氏が江戸時代毛利氏に岩国に移封され、「吉例踊り」として岩国にて伝承されていました。

その後、俵山在住の萩藩士来島氏が岩国出張の際に、伝承し山口県長門市俵山にも「南条踊り」が伝わりました。
それがさらに延宝2(1674)年、他村へは絶対に伝承しないという約束で現在の長門市湯本に伝承され、赤崎まつりに奉納される様になりました。
しかし、「俵山南条踊り」は明治に廃絶し、現在は「湯本南条踊り」が残るばかりとなりました。華やかにして荘重な風流は全国的にも珍しい、由緒ある民俗芸能でもあります。

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